1、 組織開発と組織変革は違う
昨今人事部が人事制度、人材開発(HR)を超えて組織開発(OR)の役割をも期待されている。しかし、私自身の会社経験と、コンサルタントとして関わってきた様々な企業の現状を申し上げると、人事部門が主体的に組織開発を手がけ、新たな変容を遂げた企業はおそらくほとんどなかったと言わざるを得ない。
この根本的な理由ははっきりしている。それは、人事部門の多くが、組織開発そのものを目的としてしまっているからだ。「開発」ではなく真の「変革」を目的にするなら、まずは対象部門とそのイシューを特定し、その解決を目指すべきだろう。つまり、組織開発がなされ、その組織が変容したかどうかは、イシューが解決した後の結果にすぎない。まずは頭を切り替える必要がある。そのような観点に立たない限り、組織開発は単なるスローガンに終始し、「ふわっ」として地に足がつかない活動になってしまう。結果として、せっかく手間暇かけて行った活動も、ライン部門の賛同を得られずに、現場からは「時間ばかり取られた」「業務に支障が出た」という声が上がり、取り組みも継続できず、途中で立ち消え、消滅するというケースが多く見られる。
しかし組織にはそれぞれ固有の問題があり、人事部門がその解決の支援を目的にするなら、一定の評価を得られる可能性はある。なぜなら、解決までには至らなくとも、課題を特定し、問題を顕在化させたという功績は残るのだから。人事部が今後は、組織開発こそが真の部門の役割であると認識するなら、勇気を持って部門のイシューに切り込むべきであろう。
その時にこそ、人事部の新たな機能と未来が見えてくるのではないか。第3者のスタンスを保ちながら部門の問題解決に関われる唯一無二の部門へと変容を遂げられるのではないか。
人事部門の方々には、そのことを期待しつつ、私がコンサルティングで手がけた事例を元に、今後の人事部門のあり方と組織開発を担う際の関わり方、立ち位置を考察していきたい。
2、 部門間の壁を取り除くには共通の目標を合意する
(ケース1)
まず、ある食品大手の営業部でその企業内の事業部評価が20事業部の中で3年連続最下位、赤字部門の改革を請け負った事例を紹介する。
初めてその部門のミーティングに参加したときのこと。部門長が前年に退職し、部門長不在でその上の役員が他の事業部と掛け持ちで部門長を兼務しており、実質リーダーが不在の状態だった。2期連続で赤字が続き、巷では部門の解散も囁かれていた。そもそも、本筋の事業とは違う亜流の商品を生産・販売するいわば戦略的な位置付けで立ち上がった部署であったが、原料が相場に左右されることもあり、先が見えず、社内の問題も山積みで、部員のモチベーションはかなり下がっていた。特に、その部門の商品は多品種少量であったため、工場側からすると商品の発注が入ると、本流の生産のラインを止めて、一旦洗浄し、作っては、また洗浄してラインをもとに戻すなどかなりの手間がかかり、営業と工場とのコミュニケーション齟齬もあり、お互いにかなりの不満を抱えていた。
例えば、以下のような問題があった。
(クライアントから営業へのクレームの代表例)
・消費期限切れの商品が出荷される
・品質が安定しない
・生産が納期に間に合わないことが頻繁に起こる 等々
(工場側の言い分の代表例)
・営業の発注精度が悪く、常に過不足が生じている
・少量多品種のため、手間ばかりで生産性が上がらず、儲からない
・無駄な資材や在庫が多く、置き場がない等々
上記の問題が常態化し、対応はその場しのぎで、一向に改善がなされずにいた。
この問題について、どう解決しようと思っているのかと投げかけたところ、
「工場の問題は自分たちの問題ではなく、上の人の問題だから」
「結局自分たちがお客さんに怒られれば済むだけの話だから」
とその時は、いわゆる他責や諦め、投げやりな言葉しか出てこなかった。
そのような状態ではあったが、私は、市場での現在のポジション、製品の優位性や顧客の潜在需要などから考察しても、品質や納期遅れなどの改善を図り、市場の信頼を回復できれば、業績向上は可能と判断し、その後、部内から10名のメンバーを選抜し、半年間の組織変革プロジェクトをスタートさせた。
まずは、スタートにあたり、私が行なったことは何か。
それは、問題の解決に向かう前に、現状抱いている不平や不満を出し合い、感情的なわだかまりを思いっきり吐き出す場を設けたこと。なぜなら、彼らの心情を理解し、真因を特定するためには、飲み屋でしか言えなかったことを公に引っ張り出すことが必要で、その為には会社の会議室と就業時間を使って、本音で話せる場を創出する必要があったからだ。改革にはパワーが不可欠で、そのパワーの源は、本音、本心によるところが大きい。赤裸々に感情をぶつけ合う中で、問題の本質が見えてくることがある。御多分にもれず、このケースでも次の真因が浮かび上がった。
「自分たちの組織に存在価値はあるのか」。
これが彼らの深層心理に隠されていたイシューであり、真の問題であった。外部から言われるまでもなく、自分たち自身もこの事業の存続に自信を無くしつつあった。
ここで繰り返し申し上げたいのは、第3者である私たちコンサルタントや組織開発を担う人事部門に求められる事、つまり、私たちが支援者として関わる意義は、普段とは違う空気感で真剣さを引き出す場を創出することである。
そして、逃げずにメンバーの悩みと向き合い、真因を炙り出すことである。その真因を突き止めると、組織を変革するためには向き合わなければならない「問い」が生まれる。その「問い」と向き合う矜持が私たちには求められている。いかがだろうか。
裏を返せば、全ての問題の本質を探っていくと上記のような問いに行き辿り着く。
その問いに真剣に向き合う為には、私たち自身もまた、この問いに対する答えを持っておく必要がある。
上記をしっかりと認識しつつ、これまでの経験則で申し上げるなら、大抵の場合、組織人は、自部署に存在意義がないという結論を下すことはない。なぜなら、誰でも自分たちの存在を否定することはできないのだから。
その後、想定した通り、彼らは存在価値があるという前提に立ち戻り、自分たちの価値を高めるためには何をしなければならないか、真剣に話し合った。
その結果として、
・部として工場に対する要望を伝えると同時に工場の要望も聞き、話し合う会議を持つ
・アイテムの統廃合を行い生産効率が上がる目標数値を合意する
・発注から生産、出荷、納品日までのリードタイムを設定し、お互いに検証を行う
・営業と工場の改善会議を月1回定例化する
というアクションプランを決めた。その後、上記の内容について、数カ所ある工場の主要メンバーと話し合いの場が持たれた。紆余曲折あったものの、組織と組織が正式な会議の場で問題を話し合い、目標を合意し、改善のための話し合いを定例化することで、少しずつコミュニケーションギャップが埋まりはじめた。次第に、適切なPDCAが回り始め、問題は改善され、品質や納期も安定しはじめた。次第に、顧客の信頼も回復された。それと同じように自分たちの自信も回復し出した。自らの手で成果を出したという経験こそが自己効力感を高めることになる。
私はそのタイミングを見計らっていた。
次の打ち手としては、原料相場の値上がりを背景に、全ての顧客に値上げ交渉を断行した。逆に自信のない営業に値上げ交渉はできない。結果として値上げは成功し、業績は一気に回復し、黒字に転じた。1年後、値上げの成功による業績の飛躍的アップが認められ、事業部評価ではなんと、1位評価を受けた。そして、その翌年もさらに業績をアップさせて、2年連続で1位表彰を受けた。正直、この2年連続受賞の報告を受けた時に、ようやく私も本プロジェクトをやって良かったと確信が持てた。なぜならプロジェクトを行うと1次的に業績は上がるが、プロジェクトが終了し、手が離れたら業績が元に戻るということは巷でよく起こっている現象だから。
これは自ら成果をあげた経験は自己効力感を高め、さらに強固な自信になっていくという事例である。経営の教科書で取り上げられそうな分かりやすいケーススタディではあるが、私も改めて大切なことを学ばせてもらった。それは大抵の組織人は、チャンスさえあれば、誰でも良い仕事をしたいという思いを持っているということ。抱えている不満が大きければ大きいほど、一気に加速する可能性を秘めている。つまり、組織開発とは、どの小石がボトルネックをせき止めているのか、それを見極めることに十分な時間と労力をかける必要がある。その上で、私たちコンサルタント、組織開発を担うものに求められているのは何か。それは問題の真因を掴む洞察力であり、それを研鑽し続けることが私たち使命ではないかと提起したい。
参考までに、上記のコンサルティングで行なった手順は以下の通り。
不平・不満の放談会議→問題の特定→解決策の検討→実行計画の策定→アクションプランを決定→PDCAを廻し、成果創出。
そして、中間と最後に成果発表会を設け、活動自体にスポットライトを当てている。
3、これからの人事の役割
これからの人事部は、社内の状況を誰よりも理解しながら、目的を断行するために第3者的な視点と覚悟を持って改革を支援していくこと。その時にこそ、人事部門の「組織開発」という新たな役割が機能し始めるだろう。